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東京地方裁判所 平成元年(ワ)2024号 判決 1991年8月29日

原告(反訴被告、以下「原告」という。) 大塚産業株式会社

右代表者代表取締役 大塚忠至

右訴訟代理人弁護士 鈴木稔

被告(反訴原告、以下「被告」という。) 中村幸子

<ほか一一名>

右被告一二名訴訟代理人弁護士 山本英勝

同 立川正雄

主文

一  原告と被告近藤秀子との間で、別紙物件目録記載の建物のうち別表1の3の「賃貸部分」欄記載の建物部分についての賃貸借契約における月額賃料が、昭和六一年一二月一日から同六三年一〇月三一日までの間、金一三万二〇〇〇円であることを確認する。

二  原告と被告ら(被告菅谷なほみを除く。)との間で、それぞれ別紙物件目録記載の建物のうち別表1の「賃貸部分」欄記載の各建物部分についての賃貸借契約における月額賃料が、昭和六三年一一月一日から平成二年一〇月三一日までの間、同表の「63・11・1~2・10・31の月額賃料」欄記載のとおりの金額であることを確認する。

三  原告と被告菅谷なほみとの間で、別紙物件目録記載の建物のうち別表1の12の「賃貸部分」欄記載の建物部分についての賃貸借契約における月額賃料が、昭和六三年一一月一日から平成元年五月九日までの間、金二三万二七〇〇円であることを確認する。

四  原告と被告ら(被告菅谷なほみを除く。)との間で、それぞれ別紙物件目録記載の建物のうち別表1の「賃貸部分」欄記載の各建物部分についての賃貸借契約における月額賃料が、平成二年一一月一日以降、同表の「2・11・1以降の月額賃料」欄記載のとおりの金額であることを確認する。

五  原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

六  被告らの原告に対する本件反訴について、訴えをいずれも却下する。

七  訴訟費用は、本訴、反訴を通じ、被告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(本訴について)

一  請求の趣旨

1 主文第一項と同じ

2 原告と被告ら(被告菅谷なほみを除く。)との間で、それぞれ別紙物件目録記載の建物のうち別表2の「賃貸部分」欄記載の各建物部分についての賃貸借契約における月額賃料が、昭和六三年一一月一日から平成二年一〇月三一日までの間、同表の「63・11・1~2・10・31の月額賃料」欄記載のとおりの金額であることを確認する。

3 原告と被告菅谷なほみとの間で、別紙物件目録記載の建物のうち別表2の12の「賃貸部分」欄記載の建物部分についての賃貸借契約における月額賃料が、昭和六三年一一月一日から平成元年五月九日までの間、金二四万七〇〇〇円であることを確認する。

4 原告と被告ら(被告菅谷なほみを除く。)との間で、それぞれ別紙物件目録記載の建物のうち別表2の「賃貸部分」欄記載の各建物部分についての賃貸借契約における月額賃料が、平成二年一一月一日以降、同表の「2・11・1以降の月額賃料」欄記載のとおりの金額であることを確認する。

5 訴訟費用は、被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は、原告の負担とする。

(反訴について)

一  請求の趣旨

1 被告近藤秀子と原告との間で、別紙物件目録記載の建物のうち別表5の「賃借部分」欄記載の建物部分についての賃貸借契約における月額賃料として、昭和六一年一二月一日から同六三年一〇月三一日までの間、金一二万一〇〇〇円を超えて支払義務がないことを確認する。

2 被告らと原告との間で、それぞれ別紙物件目録記載の建物のうち別表5の「賃借部分」欄記載の各建物部分についての賃貸借契約における月額賃料として、昭和六三年一一月一日から平成二年一〇月三一日までの間、同表の「63・11・1~2・10・31の月額賃料」欄記載のとおりの金額を超えて支払義務がないことを確認する。

3 被告らと原告との間で、それぞれ別紙物件目録記載の建物のうち別表5の「賃借部分」欄記載の各建物部分についての賃貸借契約における月額賃料として、平成二年一一月一日以降、同表の「2・11・1以降の月額賃料」欄記載のとおりの金額を超えて支払義務がないことを確認する。

4 訴訟費用は、原告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

1  主文第六項と同じ

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

(本案に対する答弁)

1  被告らの反訴請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

第二当事者の主張

(本訴について)

一  請求原因

1 原告は、被告らとの間で、それぞれ原告を賃貸人、被告らを賃借人として、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)のうち、別表2の「賃貸部分」欄記載の建物部分について、同表の「契約日」欄記載の日に賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結し、賃貸借期間を同表の「賃貸借期間」欄に、月額賃料を同表の「当初月額賃料」欄に各記載のとおり定めた。以後、原告は、被告らとの間で、それぞれ本件賃貸借契約を更新している。

2 その後、原告は、被告中村幸子、同小糸万寿雄及び同三井篤三に対し、それぞれ昭和五九年一一月分以降の賃料を別表2の1、2及び4の「59・11・1~63・10・31の月額賃料」欄記載のとおりに増額する旨意思表示し、同被告らは、これに応じた。

3 その後、物価の上昇、固定資産税等公租公課の増加、近隣の賃料の増額等の状況を踏まえ、原告は、被告近藤秀子(以下「被告近藤」という。)に対し、昭和六一年一一月一九日、書面により同年一二月分以降の賃料を一三万二〇〇〇円に増額する旨意思表示し、同書面は同年一一月二〇日到達した。

4 同様の理由により、原告は、被告ら(被告近藤を除く。)に対しては昭和六三年九月三〇日、被告近藤に対しては同年一〇月三〇日、いずれも書面を交付して、同年一一月分以降の賃料を別表2の「63・11・1~2・10・31の月額賃料」欄記載のとおりに増額する旨意思表示した。

5 同様の理由により、原告は、被告ら(被告菅谷なほみを除く。)に対し、平成二年九月から同年一〇月までの間に、いずれも書面により同年一一月分以降の賃料を別表2の「2・11・1以降の月額賃料」欄記載のとおりに増額する旨意思表示し、同書面はそのころ到達した。

6 よって、原告は、被告らに対し、請求の趣旨記載のとおり本件賃貸借契約における月額賃料の確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1及び2の事実は認める。

2 請求原因3から5までの事実のうち、原告から被告らに対し原告主張のとおりの賃料増額の意思表示があったことは認めるが、その余の事実は否認する。

3 請求原因6は争う。

三  被告らの主張

1 被告近藤は、原告との間で、請求原因3記載の原告の賃料増額の意思表示の後である昭和六二年九月ころ、同六一年一二月一日以降の月額賃料を一二万一〇〇〇円とする旨の合意をした。したがって、同日以降請求原因4記載の原告の次の賃料増額の意思表示があった同六三年一〇月三一日までの間の月額賃料は、一二万一〇〇〇円である。

2 原告は、本件賃貸借契約の目的物である本件建物について、その保守・管理を十分に行っていないので、適正な増額賃料を定めるに当たっては、次の事実を考慮すべきであり、本来の月額賃料から少なくとも二〇パーセントは減額されるべきである。

(1) 本件賃貸借契約の内容には、集中冷暖房設備と各室の端末機の利用が含まれているところ、これがほとんど機能しないため、被告らは、やむを得ず自費でエアコンを設置している。また、冷暖房設備の利用時間は午後八時以降も含む約定であるのに、原告は、同時刻以降一方的にその運転を打ち切ってしまうばかりか、午後五時三〇分から同六時までの間その運転を停止している。

(2) 被告らは、本件賃貸借契約に基づいて、電力料金として、冷暖房用の基本料金一万円と個別メーターによる通常の電力料金を支払っているところ、原告は、右基本料金の一部を本来管理費から支出すべき共用部分の電力料金に充当しているほか、通常の電力料金についても、東京電力からの請求内容と被告ら個別の電力料金の計算根拠を明らかにしない。

(3) 被告らは、本件建物が店舗ビルであることを前提として本件賃貸借契約を締結しているところ、本件建物は以前から空店舗が多く、店舗ビルとしての利用上好ましくない状況にあるにもかかわらず、原告は、その改善のため、何らの努力もしない。

(4) 本件建物のネオン、時計及び外灯が故障し、店舗ビルとしての利用上好ましくない状況にあるにもかかわらず、原告は、その補修等管理の努力をしない。

(5) 昭和六〇年ころから、本件建物の二階廊下(被告三井篤三賃借部分前付近)に雨水が数センチ溜まるにもかかわらず、原告は、その補修等管理の努力をしない。

(6) 昭和六〇年ころから、本件建物のうち、被告三井篤三、同山田彰、同内山多恵子及び同窪田まり子の各賃借部分に雨漏りがするにもかかわらず、原告は、その補修等管理の努力をしない。

(7) 多量の雨が降った際には、一階の店舗の床が低いため、特に被告山田彰、同沢田陽広及び同内山多恵子の各賃借部分に雨水が大量に流れ込むにもかかわらず、原告は、その補修等管理の努力をしない。

(8) 原告は、昭和六二年一一月ころ、本件建物の照明の点灯、消灯の自動化を約束したにもかかわらず、これを履行しない。また、エスカレーターの電源の入切の自動化もしない。

(9) 被告らの一部は、原告が本件建物の隣地に所有する駐車場を賃借りしていたが、原告は、突然これを解約するなどして、被告らに対し感情的、対決的姿勢を示している。

(10) そのほか、最近になってようやく改善されたが、従前は本件建物の内壁が相当汚れていたり、南西側の階段に雨漏りがしたり、二階部分の鉄製窓枠が腐食したりしていたにもかかわらず、原告は、これを長期間放置したままにしていた。これは、原告の本件建物の管理の不十分さを示すものである。

3 本件賃貸借契約においては、五年に一度保証金の二〇パーセントが償却される約定になっているところ、これは賃料の一部と考えるべきであるから、償却額を六〇か月で除した金額は、適正とされた月額賃料から差し引かれるべきである。

右の月額賃料から差し引かれるべき額を被告ごとに計算すると、被告中村幸子につき八九七四円、同小糸万寿雄につき一万円、同近藤につき一万八六六六円、同三井篤三につき一万九六六六円、同山田彰につき二万三三三三円、同沢田陽広につき二万四九六三円、同内山多恵子につき二万一六六六円、同豊田吉幸につき一万〇六六六円、同鈴木千津子につき一万三三三三円、同窪田まり子につき一万五〇〇〇円、同野呂一夫につき一万円及び同菅谷なほみにつき三万円となる。

4 本件のように全賃借人に対し一括して賃料の増額をする場合においては、できる限り統一性、公平さが図られるべきであり、このような観点から次のような事情を考慮すれば、被告らの昭和六三年一一月一日から平成二年一〇月三一日まで及び同年一一月一日以降の各月額賃料は、別表3及び4に記載のとおりである。

(1) 被告らの本件建物における各賃借部分の位置関係は、別紙配置図のとおりである。まず、一階部分については、同配置図の下側が商店等が散在するバス通りに面しており、エスカレーターに通じる表玄関部分である。同配置図の左側も公道に接するが、一般住宅が続いているため、集客の面であまり期待できない。また、二階部分については、廊下が吹抜けの回りを一周しており、店舗としての条件に差異はほとんどない。

(2) 右の点からすると、被告山田彰、同沢田陽広及び同内山多恵子の各賃借部分は、一階に位置し、バス通りに面しているから、ほぼ同一条件とみるべきである。

(3) 被告中村幸子及び同豊田吉幸の各賃借部分は、一階に位置しているが、奥まったところにあり、同豊田についてはエスカレーターの裏側にある一方、同中村については左側通路からの人の流れがあまり期待できず、店舗面積も小さいから、立地条件はほぼ同一というべきである。

(4) 被告三井篤三の賃借部分は、二階に位置しているが、エスカレーターに面していないから、同様の条件にある被告鈴木千津子と同一レベルとみるべきである。

四  被告らの主張に対する認否

1 被告らの主張1の事実は否認する。

2 被告らの主張2の事実はすべて否認する。

なお、被告らの主張は、いずれも原告が本件賃貸借契約上その履行義務を負っているかどうかに関するものであり、賃料額の確定とは別途に考えるべき性質のものである。

3 被告らの主張3のうち、保証金が被告らの主張のように償却されるとの約定があることは認めるが、そのことが賃料の減額につながるとの点は争う。

4 被告らの主張4は争う。

なお、被告沢田陽広の賃借部分の面積を五・六七坪としているのは、六・〇五坪の誤りであり、また、被告中村幸子、同小糸万寿雄同近藤及び同三井篤三の賃料については、いずれも請求原因2に記載したとおり昭和五八、五九年に増額されている点をみすごしている。

(反訴について)

一  被告らの本案前の主張

本件反訴は、被告らの月額賃料の確認を求める訴えではなく、本件賃貸借契約に基づく被告らの具体的な賃料支払義務が一定額を超えて存在しないことの確認を求める訴えであり、あくまで本訴に対する反訴として訴えを提起するものである。

二  請求原因

1 被告らは、原告から、本件建物のうち、それぞれ別表5の「賃借部分」欄記載の建物部分を賃借りした。

2 原告は、被告らに対し、昭和六三年一一月一日から平成二年一〇月三一日まで及び同年一一月一日以降の月額賃料について増額の意思表示をし、本訴についての請求の趣旨のとおり各賃料額の確認を求めている。

3 被告らと原告の賃貸借契約については、本訴について三の被告らの主張に記載のとおりの事実があるので、被告らが右賃借部分の使用収益の対価として支払義務を負うのは、別表5の各月額賃料欄記載のとおりの額である。

4 よって、被告らは、原告に対し、反訴請求の趣旨記載のとおりの額を超えて賃料の支払義務がないことの確認を求める。

三  原告の本案前の主張

本件反訴は、民事訴訟法二三九条に定める「本訴の目的たる請求又は防御の方法と牽連するときに限る」との反訴提起の要件を欠く不適法な訴えである。

四  請求原因に対する認否

1 請求原因1及び2の事実は認める。

2 請求原因3の事実は否認する。

3 請求原因4は争う。

第三証拠《省略》

理由

(本訴について)

一  請求原因1(本件賃貸借契約の締結、賃貸借期間、当初月額賃料、本件賃貸借の更新)及び同2(被告中村幸子、同小糸万寿雄及び同三井篤三についての昭和五九年一一月分以降の賃料増額)の事実は、当事者間に争いがない。

二  被告近藤の昭和六一年一二月一日から同六三年一〇月三一日までの適正月額賃料について

1  請求原因3のうち、原告が被告近藤に対し昭和六一年一二月分以降の賃料を一三万二〇〇〇円に増額する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。

2  被告近藤は、右増額の意思表示後の昭和六二年九月ころ、原告との間で、同六一年一二月分以降の賃料を一二万一〇〇〇円とする旨合意したと主張し、これに沿うかのごとき乙二四号証及び被告近藤の本人尋問における供述部分があるので、この点について検討する。

《証拠省略》によれば、原告は、被告近藤の賃料が賃貸借契約を締結した昭和五五年六月から満六年を経過した同六一年六月まで当初月額賃料一一万円のまま据え置かれていたため、そのころから同被告に対し、賃料の増額を申し入れたこと、被告近藤は、管理費について他の賃借人と負担割合が異なることなどから、右増額の申入れに応じなかったこと、被告近藤は、原告が同年八月分の賃料を集金に来なかったため、同年八月上旬同賃料を従来の額のまま原告の事務所に持参したこと、被告近藤は、原告の従業員が同月下旬右八月分の賃料を返しに来、以後賃料の受領を拒否したため、同年一〇月三一日、八月分から一〇月分の賃料を従来の額のまま供託したこと、被告近藤は、同年一一月二〇日、原告から一二月分の賃料を二割増しの一三万二〇〇〇円に増額する旨の書面を受領した以降、一二月分から従来の賃料額に一割増しの一万一〇〇〇円を加算した賃料を供託していること、原告は、同六二年本件建物を増築する計画をたて、被告近藤らを含む本件建物の賃借人らに対し、協力方を要請したが、被告近藤はこれに応じなかったこと、同年九月ころ、原告が右増築工事を依頼した建築会社の従業員が独断で当時更新後の賃貸借契約書が作成されていなかった被告近藤を含む本件建物の賃借人らに対し、賃貸借契約書を作成して配付したが、乙二四号証は、その際配付された書面であったこと、乙二四号証を除くその他の賃貸借契約書は、その後回収されたとの事実が認められる。

右の事実に照らせば、前掲乙二四号証及び被告近藤の本人尋問における供述部分をもってしては、同六一年一二月分以降の賃料を一二万一〇〇〇円とする旨の原、被告間の合意の事実を認定する証拠に供することはできず、その他右事実を認めるに足りる証拠はない。

3  鑑定の結果によれば、被告近藤が本件賃貸借契約を締結した昭和五五年六月から同六一年一二月までの約六年半の間、本件建物の近隣における地価変動率は二倍から二・二倍程度上昇し、家賃指数も約二五パーセント上昇していることが認められる。これによれば、被告近藤の同年一二月一日から同六三年一〇月三一日までの適正月額賃料は、従来の月額賃料の二割増である一三万二〇〇〇円が相当であると認められる。

なお、適正月額賃料の決定に当たり考慮すべき事情として、被告近藤は縷々主張するが、これを採用できないことは後記判示のとおりである。

三  被告ら(被告菅谷なほみを除く。)の昭和六三年一一月一日から平成二年一〇月三一日までの各適正月額賃料について

1  請求原因4のうち、原告が被告ら(被告菅谷なほみを除く。)に対し昭和六三年一一月分以降の月額賃料を別表2の「63・11・1~2・10・31の月額賃料」欄記載のとおりに増額する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。

2  鑑定の結果によれば、昭和六三年一一月一日の時点においては、公租公課及び物価の上昇により、また、近隣の建物賃料と比較しても、被告らの当時の約定賃料は低きに失して不相当となるに至ったことが認められるので、右時点における適正月額賃料を検討する。

鑑定の結果によれば、鑑定人は、本件賃貸借契約の継続性と個別性に着目して、その性格に照応する限定賃料としての適正賃料を求めるとの前提に立った上、賃料算定の基礎価格となる土地及び建物価格を求め、これに基づき当該不動産の経済賃料に即応した正常実質賃料を求め、実際賃料との間に発生している差額部分について二分の一法による試算賃料、近隣における同類型の建物の賃料及びその推移動向並びに経済変動率にスライドした継続賃料等を比較考量して、被告らの各適正支払賃料を別表1の「63・11・1~2・10・31の月額賃料」欄記載のとおりと算出しており、右鑑定の結果は十分信頼に値するというべきである。

3  これに対して、被告らは、原告は本件建物の保守・管理を十分行っていないので、本来の月額賃料から少なくとも二〇パーセントは減額されるべきであるとして、第二、本訴事件についての三、2に記載のとおりこの点について縷々主張する。

しかしながら、被告らの右主張は、いずれも本件賃貸借契約における賃貸人である原告の目的物を賃貸借契約期間中使用収益に適した状態に置くべき義務、なかんずく、賃貸人の目的物の修繕義務の不履行に関するものであるから、仮に原告に右修繕義務等の不履行があったとしても、被告らは、別途原告に対して、その履行を求めるか、あるいは賃料の支払に当たって、修繕義務等が履行されるまでの間その支払を拒めばいいものであって、本件賃貸借契約における適正月額賃料の決定に当たっての考慮要素には、原則としてならないものというべきである。

もとより一般論として、賃貸借契約の目的物が従前の保守・管理の結果どのような状態になっているかは、賃料の算定に当たって一つの考慮要素になることは否定できない。しかし、鑑定の結果によれば、鑑定人は、本件建物に赴いた上、本件建物の質・量が中品等であり、建築後一二年を経過していること、保守・管理は普通であり、特に目立つ汚濁・汚損箇所はないが、一部に雨漏り等がみられるなど、経年以上の損傷があること等本件建物の状態を認識した上で、適正月額賃料を評価していることが認められる。

そうすると、被告らのこの点に関する前記主張は、採用することはできない。

4  被告らは、本件賃貸借契約においては五年に一度保証金の二〇パーセントが償却される約定になっているところ、これは賃料の一部と考えるべきであるから、償却額を六〇か月で除した金額は、適正とされた月額賃料から差し引かれるべきである旨主張し、保証金の償却の約定の事実は当事者間に争いがない。

しかしながら、右保証金の償却の約定をもって当然に償却分が適正とされる月額賃料から差し引かれるべきであるとの主張は、独自の見解といわざるを得ない。かえって、鑑定の結果によれば、鑑定人は、積算賃料(正常実質賃料)の試算において、まず、正常実質賃料を求めた上、これから保証金の六割相当額の運用益と二割相当額の運用償却額を控除して正常支払賃料を求め、これに二分の一法による修正を加えて試算賃料を算出していることが認められる。

そうすると、被告らのこの点に関する前記主張も、採用することはできない。

5  被告らは、複数の賃借人に対して一括して賃料の増額をする場合には、統一性、公平さが図られるべきであるとして、被告らの各賃借部分の位置関係等を比較した上、被告らの各増額賃料間に不均衡がある旨主張する。

しかし、鑑定の結果によれば、鑑定人は、本件鑑定に当たり、本件建物に臨んだ上、本件建物の所在状況、近隣の状況、本件建物の使用状況等をつぶさに観察し、一階一〇四号室の被告山田彰賃借部分の賃料を標準的なものと判定して、適正月額賃料を算定したこと、さらに、この賃料を基礎にして、他の被告らの各適正月額賃料を、階層別、部分別格差率を検討した上評定したことが認められるから、本件鑑定は、その手法においても、考慮要素の検討過程においても、何ら不合理な点はないということができる。

そうすると、被告らのこの点に関する前記主張も、採用することはできない。

6  以上によれば、被告ら(被告菅谷なほみを除く。)の昭和六三年一一月一日から平成二年一〇月三一日までの各適正月額賃料は、別表1の「63・11・1~2・10・31の月額賃料」欄記載のとおりの額であると認めるのが相当である。

四  被告菅谷なほみの昭和六三年一一月一日から平成元年五月九日までの適正月額賃料について

請求原因4のうち、原告が被告菅谷なほみに対し昭和六三年一一月分以降の賃料を二四万七〇〇〇円に増額する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。

鑑定の結果によれば、被告菅谷なほみの昭和六三年一一月一日から平成元年五月九日までの適正月額賃料は、二三万二七〇〇円であると認めるのが相当である。

この点についての三、3から5に記載したと同様の被告菅谷なほみの主張を採用できないことは、前記判示のとおりである。

五  被告ら(被告菅谷なほみを除く。)の平成二年一一月一日以降の各適正月額賃料について

請求原因5のうち、原告が被告ら(被告菅谷なほみを除く。)に対し平成二年一一月分以降の賃料を別表2の「2・11・1以降の月額賃料」欄記載のとおりに増額する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。

鑑定の結果によれば、被告ら(被告菅谷なほみを除く。)の平成二年一一月分以降の各適正月額賃料額は、別表1の「2・11・1以降の月額賃料」欄記載のとおりの額であると認めるのが相当である。

この点についての三、3から5に記載したと同様の被告ら(被告菅谷なほみを除く。)の主張を採用できないことは、前記判示のとおりである。

六  以上によれば、原告の被告らに対する各賃料の確認を求める本訴についての請求は、別表1の各月額賃料欄に記載したとおりの限度において理由がある。

(反訴について)

一  本件反訴が適法な訴えであるかどうか、また、反訴提起の要件を充たしているかどうかについて検討する。

1  本件反訴の請求の趣旨は、第一、反訴についての一に記載のとおりであり、要するに、被告らと原告との間で一定の期間において一定の額を超えて賃料支払義務のないことの確認を求めるというにある。

被告らは、本件反訴の訴訟物について、本件賃貸借契約に基づく被告らの具体的な賃料支払義務が一定期間において一定額を超えて存在しないことの確認を求めるものである旨主張するが、その実質は、結局のところ一定の期間における賃料額の確認を求めることにあると解さざるを得ない。

ところで、本件本訴においては、原告と被告らとの間で一定の期間において一定の額の賃料額の確認、すなわち、増額の意思表示前の額から増額の意思表示後の額の範囲内において賃料額の確認を求めており、本件反訴における請求とまったく同一の請求であるといわざるを得ない。

そうすると、後訴である本件反訴は、前訴である本件本訴との関係において、二重起訴に当たるか、確認の利益を欠く訴えとして、不適法なものというべきである。

2  仮に、本件反訴が、被告らの主張するごとく、本件賃貸借契約に基づく被告らの具体的な賃料支払義務が一定額を超えて存在しないことの確認を求める請求として、本件本訴と異なる請求であると解される場合にも、本件反訴は、同法二三九条に定める「本訴の目的たる請求又は防御の方法と牽連するときに限る」との反訴提起の要件を欠く不適法な訴えであるといわざるを得ない。

すなわち、本件反訴に対応する「本訴の目的たる請求」とは、本件賃貸借契約に基づく賃料支払請求であると解されたところ、本件本訴は単なる増額賃料の確認請求であるから、本件反訴は、「本訴の目的たる請求と牽連するとき」に当たらないことは明らかである。したがってまた、増額賃料の確認請求である本件本訴についての防御の方法が、本件反訴の攻撃方法と牽連するものでないことも明らかである。

3  右によれば、本件反訴は、その余の点について判断するまでもなく、いずれにせよ不適法な訴えとして、却下を免れない。

なお、被告らは、本件反訴をあくまで反訴として維持する旨主張し、訴え提起の手数料としての収入印紙を貼付しないことは、本件記録上明らかであるから、本件反訴をもって適法な別訴の提起があったと解することもできない。

以上によれば、原告の被告らに対する各増額賃料の確認を求める本訴についての請求は、別表1の各月額賃料欄に記載したとおりの限度において理由があるから、その限度で認容し、その余の請求は棄却することとし、被告らの原告に対する反訴についての各訴えは、不適法であるから、これをいずれも却下することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 秋山壽延)

<以下省略>

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